青空の下で。

家事も仕事もズボラにこなし大空の下ではテキパキ動く。そんな私の好き勝手しほーだい記録。

五右衛門風呂と火の記憶

小学4年生の時、一家4人で引っ越しをした。東北地方から中国地方までの道のりを、父親の運転する軽ワゴンに乗り、1週間かけて移動する大旅行。観光に寄り道する日もあれば、ひたすら走り続ける日もあった。
季節は6月。
車の窓を全開にして、ぼうぼうと風に当たっていたのを今でもよく思い出す。

着いた家は、築100年は経っているであろう古い日本家屋だった!

無人になってから数年、いや十数年は過ぎていただろうか。そんな荒れた家でまず私がした仕事は、砂と埃まみれの廊下を磨き上げる事。次は家中に潜む大きな蜘蛛を退治し(確か…掃除機で吸い込んでいった記憶がΣ(゚Д゚))そしてサビサビの五右衛門風呂を磨いた事だった。
これが1番達成感のある仕事だった!
泡立つ洗剤がみるみる赤茶色になるのが面白く、亀の子タワシで力いっぱい磨き続けるうちに、いつの間にか愛着ある風呂になっていったのだった。

五右衛門に入るには、底に敷く板が必要だ。風呂場の隅で朽ち果てていた丸いお盆のような板は既に使えず、近くのホームセンターへ買いに行った。すぐに買えた、というのが、今考えると不思議だ(^^) あの地域では需要があったのだろうか。。。
プラスチック製の底板は、湯に斜めに入れるとゆらりゆらりと沈んでいく。そして熱い鉄の釜に触れないように気を付けて、そっと風呂にはいる。指先に触れる、あのガサガサした感触は今も忘れる事はない。

絵に描いたような五右衛門風呂。
窓にガラスはなく、焚き口の様子がよく分かる。外の空気を感じながらの入浴時間。

その家の間取りは、30年近く経った今でもハッキリと覚えている。ただ…足を踏み入れる事のなかった部屋もあり、一体全体幾つの部屋があったのか、その当時でもよく分かっていなかったと思う。
その家の持ち主の家財が残されている部屋が奥にあり、たま〜に探検して覗いてみるのだが、不思議と記憶が曖昧なのである。

玄関から炊事場へとL字型に続く土間の一角には梯子がついていて、2階にあがると、そこは昔の蚕の養殖場となっていた。雨戸を開けた事もなかったため、その2階部分も謎に包まれたままだった。

転校した小学校は、その古い日本家屋から遠く、また、それまでに私が経験した事のないほどの少人数クラスだった。クラスメイトは皆、保育園からの繋がりを持っていた。私の登下校は母親運転の車だったのも加勢して、打ち解けるまでに時間を要した。

そんな中、私を夢中にさせたのは五右衛門風呂だった!

渡り廊下で区切られた中庭のひとつにはつるべの井戸が。もう1つの庭には風呂の焚き口があり、小さな納屋には焚き付けようの松葉や小枝、薪が積まれていた。帰宅した私は五右衛門さんに水を貯めて火を熾し、風呂を沸かすのが日課となっていた。

子供心に、火を見つめていると落ち着くのを感じていた。ポジティブになれる、と言うのか…。

引っ越し大旅行も、ミステリアスな古家屋も、とても楽しんでいたはずの4年生だったのだが、学校ではいつまでも「転校生」だった。そう、結局のところ卒業するまで私は「転校生」の枠から抜けられなかったのだった。

当時、中学校に転入した姉も、少なからずのストレスを抱えていたに違いない。
おまけに、そんな姉の負担を大きくしたのは母の入院だった。

健康診断で病気が見つかった母は、二県離れた、母の実家近くのガンセンターに入院する事になったのだった。
父と姉と私、3人で過ごしすには広い広い日本家屋だった。

慌しい半年だった。
引っ越し、転校、母の入院、そしてまた引っ越し。古い日本家屋には半年お世話になっただけだった。だが、そんな短い期間だからこそ、あの家での思い出は、強く鮮明な物となっているのかもしれない。

母のいない引っ越しは大変だったが、同じ地域だったため、学校はもちろん変わらなかった。海辺の家から、次は山の中へと変わったのだった。相変わらず、下校後は友達と遊べる環境ではなく、私の火からうける癒やしの時間は続いたのであった。

今、キャンプで、はたまた勝手口で。
火を見つめているとそんな懐かしくも、変化の大きかったが故に家族皆の感情が膨れ絡み合っていた子供時代が、ふとよみがえる。

あの頃も今も、火を見つめる事で心を落ち着かせ、前向きになれていた事に変わりはない。しかし。。。
もし、幼い子供のいる身で、あの家で、あの生活をするとなると…大変だろうなぁと思う。やはり、昔の人は凄かった!と、しみじみ思う。

子供時代に、あのような体験が出来たのは幸せだった。今、ボタン1つでお湯が沸く生活。それも本当にとても幸せな事である。

そう子供たちに教えながらも、それが当たり前ではないのだと、、何があっても何処ででも生きていける力を養う事が出来たら…と、火を見つめながら考えてみたりする、ズボラな夜更かし母である。